「わかる」ことと「わからない」こと(2)
NAOKOさんのホメオパシー=似非科学?と云うエントリを読んだ。
日本でいつもホメオパシーが否定される主な理由はただ一つ。
『全っぜん科学的じゃない!!!』
いや、単に「効かない」からじゃないですかね。
科学で証明されなきゃ何の根拠もないとしてバッテンつけられる世の中だもんね、今のご時世。
別段そんなご時世
が来ている、とは感じないけどね(日本の話をしている、と仮定して)。科学的な方法での証明がなされていないことをさもなされているように喧伝してれば、そりゃ「科学的な根拠はない」とは云われるだろうけど。
でもまぁ、ひとの健康や命に関わることには客観的な(科学的な方法にもとづいた)根拠がほしいよなぁ、とか思うのが不自然だとは、ぼくにはあまり思えない。
だけどさ、根本を考えてみたことがあるのかね、「科学論者」は。
こう云う言説を読むたびにいつも思うんだけど、「科学論者」
ってだれよ。
人間の身体はどうして動くのか。
こういう時科学者は、「脳が脊髄を通して体中に信号を送って、身体の各組織や筋肉が動くようになっているんだよ」と説明します。
教科書で習うのも同じだよね。
そりゃその問いを受けた科学者がどの分野の科学者か、によっても違うし、どの学校のどの教科で使ってる教科書かでも違うでしょ。だいたいそんな漠然とした質問、包括的な答えが欲しかったら哲学者か宗教家に投げかけたほうがいいと思うな。ほしい答えが返ってくるかどうかはわからないけどね。
じゃあさ、「その脳を動かしてんのはなんなのよ?誰なのよ?」って言ったらどうなる?
「今はまだ解明されていません。」だろ?なんか他に解説ある?
これもいろんなレベルでの回答がありうるよね。あるレベルでは「今はまだ解明されていません。」
と云う答えにもなるだろうし、べつのレベルでは「ここまでは解明されています」と云う答えになる。
ほんじゃさ、なんで人間は〇〇って病気になるの?原因は?
「それは感染や生活習慣、生活環境、遺伝によるものです。」ってちゃんと書いてあるんだけど、同じぐらいしょっちゅう目にする文字があるよ。
それは、「しかし未だはっきりとした原因は解明されておりません。」
解明されないことの何と多いことか!
単に「解明されていること」と「されていないこと」があるだけの話だけど。科学はすべてをすでに解明していてしかるべき、みたいに思ってるんだとすれば、ひょっとしてNAOKOさんは結構「科学論者」
なんじゃないかな。と云うかこう云う文脈だと、かも ひろやすさんの「科学が万能なら科学者は失業する」と云うことばが思い起こされるわけだけど。
いや、「ひとつでもわかっていないことがあればなにもわかっていないのと同じだ」みたいなロジックはよく登場するんだけど、そう云う議論をするんならそのスタンスはそのまんま科学以外のすべてのもの(たとえばホメオパシーとか)に返ってくるよ?
その理由はただ一つ。
「目に見えることしか証明にならないから。」
違うと思うよ。たとえば素粒子を目で見たひとはいないと思うし。
ホメオパシーのように、病気の消失(病原菌の喪失や手術による腫瘍や潰瘍の摘出など)や原因は目で見ることはできないけれど、患者はホメオパシー的な自然法則「類似のものは類似の少し強めに働く効力を持つレメディーによって治癒される」によって「確かに」「確実に」治癒していくという「めちゃくちゃ目に見える事実」を提示しているにも関わらず、なぜそれを「科学的」と考えないのか。
ホメオパシーの主張する原理は「類似のものは類似の少し強めに働く効力を持つレメディーによって治癒される」
ってのとはちょっと違うと思うんだけど、まぁそれはそれとして(って云うかホメオパシーを「科学的」
と主張したいのかしたくないのか、読んでるとだんだんわからなくなってくる。ひょっとして「いまの世の中の『科学的』ってことばの使い方は間違ってる!」って主張なのかな)。
ホメオパシーに医療手法としてちゃんとした地位が与えられていなくて、多くの代替医療のなかでもとりわけ信憑性が疑わしいものとされているのは、まさにその「確かに」「確実に」治癒していくという「めちゃくちゃ目に見える事実」を提示
しようとしない、まさにその点にあるのであって(でもべつだん潔く「呪術だ」と自認しているわけでもなさそう、ってあたりこっちで書いたこととも関連してくるかな)。
最近だと、昨年英国議会に対して英国ホメオパシー協会が提出した報告が既存の論文に対する手前勝手な曲解のかたまりだった、と云うThe Guardian紙の報道がkumicitさんの英国ホメオパシー協会がいんちきな文献引用なドキュメントを英国議会に提出と云うエントリで紹介されている。まぁそのあたりの一般的評価はlets_skepticさんのホメオパシーは「効果が確かめられていない」方法ですらないと云うエントリでまとめられているけど。
まぁ、こんなことを書くと「それは「科学論者」
の理屈だ!」みたいに反発されそうな気もする。でも(前のエントリでも書いたけど)、効果の科学的な証明、と云うのはべつだんその作用機序の科学的説明、と云う意味じゃなくて、だれからみても理解を共有できる方法で効果があると認められる、と云うだけの話なんだけど。
申し訳ないけどNAOKOさんのような主張を目にすると、特定の代替医療を支持するひと(あるいはその集団)が科学的方法を否定するのって、要するにその方法に「効果がないのがばれちゃうとまずいから」なんじゃないかな、と思えてしまう。科学的にその効果を証明することはその療法の価値を認めさせるために意義がある、と云うことについて意識的な代替医療はいくつもあるのにね。
そのあたりで、たとえばイギリスにおいてホメオパス団体がどんな行動を取っているのか、と云う部分については、同じくkumicitさんのホメオパスたちは自らホメオパシーの未来を閉ざす(1)・(2) に詳しい。
私は誰かさんのように論理的に科学者や医者の矛盾点について論じることは出来ないけれど、それでもわかることはあるよ。
例によって誰かさん
と云うのがだれなのかはわからないけれど、それじゃいったいそのそれでもわかること
ってのはなんなんだろう、と云うような部分は、こちらのエントリで書いたことと重なってくるんだろうなぁ。