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Chromeplated Rat

街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

職業倫理

よしなしごと

クラシカル・メソッドのホメオパスであるらしいただっちさんの向かって吹く風は悪い風?(最近の報道)と云うエントリを読んだ。こっちこっちで触れた、ホメオパシーに対する最近の読売新聞や朝日新聞の報道にまつわる内容。

ハンドルネームが違うので微妙なのだけれど、このかた、先月こっちのエントリで言及させていただいたのとおんなじかたのように思える。

どちらの記事も根底には『近代医学が一番素晴らしい。それしかない』みたいなものが転がっているのかなとも感じました(私個人が勝手にそう感じただけですよ)。

ぼくはそう感じなかったんだけど、それもそれでぼくの側にもバイアスはある。

乳児のK2シロップの問題は置いておいて
(あれは問題がホメオパシーではないと思うのです(特にクラシカルホメオパシーの視点からみれば))

前にも書いたように思うけれど、ホメオパシーが原因で起きた事故である以上、ホメオパシーの問題には違いないわけで。クラシカル・ホメオパシーでは、あるいはすくなくともこのかたの施術においては起きえない事故なのかもしれないけれど、メソッドがクラシカルであろうとプラクティカルであろうとその他であろうと「ホメオパシー」ではあるわけで。おなじ「ホメオパス」と云う職種を名乗る以上、あっちはにせものでこっちはほんもの、みたいなあたりで両論併記的に片付けるのは、ひとの健康に関わる職業を自認している以上認識が甘いのではないか、と思う。だめな(あるいは危険な)同業者はちゃんと批判するのも、職業倫理の一部なのではないかなぁ。

結局はどれぐらい長生きするかじゃなくって、どんな風に生きていくかなんですよね。

その中で、現代医学に頼りたくない。って本人が思って決断したんなら、医者が四の五の言っても仕方ないと思うんです。

だって価値観が違いますもの。

これはまぁ正論だと思うけれども、その当の価値観をなんらかの誘導によって形成させているかどうか、で話はだいぶ変わってくる。このかたご本人はともかくとして、多くのホメオパスが価値観を抱き合わせで販売していることをご存じないとは思えない。

代替医療が得意ところは代替医療が現代医学が得意なところは現代医学が担当すればいいと思うんです。

争う必要なんてないんじゃないのかな・・・。

ここの部分もじつは異論はないのだけれど(このへんぼくのほうに、一般的なニセ科学に批判的な論者とのずれがある)、この場合大事になってくるのは、それぞれの得意なところを、だれが、どうやって見極めるのか、と云う部分。
医師は一定の訓練を受けている。治療の前に先立つ診断、と云う部分についても、医師と云う職業を名乗る以上一定以上の技倆は基本的に保証されている。へんな云い方だけど、一般的な医師は代替医療が得意ところを見極める能力を持っている。では、「ホメオパス」はどうなのだろう。

癌も直せる、感染症も防げる。このような言説を広めているのは、このかたとおなじ「ホメオパス」なのだけれど。そっちはそっち、こっちはこっち、みたいな認識でいるのだとすれば、いったいホメオパシーと云うのはどんな原理を後ろ盾にして成立してるものなのですか? おなじ「ホメオパス」と云う職業を名乗っていてもそれぞれの考え方や把握でなされる施療が違うのなら、なにがそのホメオパスの施療の品質を裏づけるのですか?

ホメオパシー二重盲検法についての個人的な意見を次に書いてみたいと思います。

これは興味深い。お待ちしよう。