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Chromeplated Rat

街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

応力

余談

merca論宅氏の偽薬効果を前提にしたニセ科学批判はニセ科学である。と云うエントリがひさしぶりに注目を浴びていて、TAKESANさんが論宅さんの混乱と云うエントリをお書きになっていたりもしていて。

 merca論宅氏がなにゆえにニセ科学批判批判(と云うことばも懐かしい、と云うか最近おいらが自分で取り沙汰してなかっただけか)に注力しつづけるのか、と云う理由についてはkumicitさんが忘却からの帰還: 乗り遅れな気もするけど、merca論宅氏について考えてみたと云うエントリであきらかにしておられて、まぁ要するに撤退し損なってもはやなにがなんでもニセ科学を批判する行為は許容できないのだぁ、としか主張できなくなった状態にあるのだなぁ、と認識していた。同様の状態にある方々としては某A氏とか某j氏とか某S大先生とかがいらっしゃって、みなさんがんばっていらっしゃるのはわかるけれどもそれぞれの方々の主張をフォローしてもとりたてて得るものはなさそうなので(だいたい数年にわたって同じ辺りをぐるぐる廻ってらっしゃるので新鮮味に欠けるし)、ときおり見かけることがあっても、まぁあらためて反応はしてこなかった。

ただ、今回のエントリはじつは少し興味を惹かれていて、ちょっとだけ言及しようかな、とか思ったりしたのだった。いや、TAKESANさんみたいなていねいな分析や指摘をしよう、と云うのではなくて、もうすこし意地悪かもしれない角度から。

今回のエントリでも、merca論宅氏がいつもおなじみの結論に至るまでには、彼一流の独創的な論理展開が見られる。結論に合わせて論理を組み上げるわけだから彼のロジックはたいていの場合余人の理解を許さないほどの独創性を誇っていて、ぼくなんかは彼がその独自の手法を社会学一般に敷衍して語りがちなのを心配してたりもしていたんだけど、今回興味を持ったのは「ひとつらなりの考察のどのあたりで、どんなふうにロジックを歪める応力が加えられているんだろう」と云うこと。

偽薬効果とは、偽薬であっても、本当に効く薬や治療法だと患者が思い込めば、一時的に本当に病気が改善するという効果である。心理学でいうピグマリオン効果社会学でいう予言の自己成就と似ているのである。つまり、ウソが本当をつくりだす現象である。このような現象は、意味システムである心理現象や社会現象のみで可能であると考えていたが、生命体システムにも起こりうる現象であるというのが興味深い。

まず、最初はこの部分なのかな、みたいに思う。
偽薬効果ピグマリオン効果予言の自己成就に直感的に似ているけれど、そんな角度から理解できたつもりになっても片付かないところが問題なんだよなぁ、みたいなのが通常議論のとば口になる把握で、ふつうはそれらが似ているところから議論を始めようとはしない。それは議論の前提に置かれうる要素ではあっても、出発点にはされない(そんなところから始めても、ベタな議論としてはどこにも行きようがないのがわかっているので)。じゃあなぜそんな場所を出発点にしているかと云うと、「意味システム生命体システムと云うまったく違った場所で起きているとはいえ、類似の現象について片方を容認し、片方を容認しない『ニセ科学批判者』は矛盾している」と云う結論につなげるため、なわけで。そのためには意味システム生命体システムがレイヤーを異にして併存する概念では困るので、無理矢理にでも対概念であってもらわないと困る。そこのところのからくりがばれるとまずいので、このふたつの概念についての説明はされず、漠然と言葉だけが投げ出される。意味システム生命体システム(ところでこれって社会学では一般的な用語なのかな。使われているのを見たことないけど)を同レイヤーにおける対概念として論じていて、結果としてmerca論宅氏が指摘するような矛盾をきたしている論者が実在するかどうかは具体的にはけして言及される事はないので、つまりこれは自家製のハンドメイド藁人形。

ここからの論理展開を細かくみていくことはしないけれど(と云うか、上でリンクしたTAKESANさんのエントリをお読みください)、この直後に決定的な力が加えられて、ロジックは望む結論に向けてねじ曲げられる。

偽薬効果のメカニズムに科学的根拠がないのなら、偽薬効果を認めることは非科学的である。

これまで何人もの論者が「科学的である、と云うことは、科学的にメカニズムが解明されている、と云う意味ではない」と繰り返し述べてきた。merca論宅氏がそのことを知らないはずはないので、これは要するに認知的不協和が生じているのか(善意)、あるいは「そう云うことにしないと都合が悪いのでそう云うことにしている」(悪意)だけのことか、どちらかで。

もし物理的な直接的接触のみが科学的である条件ならば、臨床心理学における心理療法などは非科学的だとして全て否定されることになるのである。

もしとか云ってみせてはいるものの、そんな仮定をしているのはほかならぬmerca論宅氏ご本人であって、ほかのだれかではない。

身体現象に影響を与える心理的はたらきかけは、全て偽薬効果と同じメカニズム(因果経路)をもつということを臨床心理士たちに公言して欲しいものである。

仮説としてもそんな主張を開陳している論者はmerca論宅氏以外には見たことがないので、他人がそんな主張をしている事にしないで、ご自分でやればよろしいのに、とか思う。「ニセ科学批判批判者」って、どうして他人にやらせようとするのかねぇ。
人間、意固地になって牽強付会を続けていると、すごいところにたどり着いてしまう、ってサンプルで。以前はぼくはひとのこう云う姿に痛ましさを感じたりもしていたんだけど、なんか最近はそれなりにそう云う場所も楽しいのかな、みたいにも思ったりするようになっていて、なんと云うか微笑ましく眺めたりもするようになってきている。

まぁmerca論宅氏とか某A氏とか某j氏とか某S大先生とかがそう云う場所にいつづけるぶんには、ご本人が楽しければいいんじゃないか、みたいにすませることもできるけれど。昨今噂の青プリン大先生の場合には、教育者であらせられる部分もあるので、ちょっと同じようにのほほんと眺めているだけでいいのか、ちょっと考えてしまうけれど。