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街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

話の前後

よしなしごと

tonmanaanglerさんの英国におけるホメオシーの保険適用に関する議論についての違和感と云うエントリを読んだ。

どうにも良くわからないんだけれど、この英国の話って、日本で言うところの事業仕分けに類似したものじゃないんでしょうかね?

そうだと思いますよ。要するに有限のリソースをどこに割くか、と云う問題。目的が医療なら効くほうにお金を回そうよ、と云う。

で、例えば代替医療の取り組みに関して長妻厚生労働大臣が今年1月におこなった答弁に批判が集まったのだって、ホメオパシーみたいな効かないものに回すお金があるんだったら、医療分野でももっと有効な(必要とされている)用途があるんじゃないの、って部分だったわけで。

日本のニセ科学批判者と同様に、疑似科学であるホメオパシーを排除したいという思惑から適用外にしろと主張している人達はいるのだろうけれど、そこに英国政府との考えのズレがあるんだろう。

いやこう、基本的な理解がずれているとは思わないのだけれど、ちょっと違うような。

医療がどうして科学を背景にしなければいけないのか、みたいなことについてはここでもたぶん3年くらいにわたって散発的に書いてきたけれど(古いあたりだとこのへんかなぁ)、基本的にはそれは責任を持って一定水準の医療を施すのに必要とされているからだ、と云うことで。だから科学を詐称するホメオパシーには問題がある、と云うことはもちろん根底にあるのだけれど、現時点でわりあい強い批判が集まっているのは、(とりわけうちの国での展開において)実害を引き起こす要素が多々あるからで。

ニセ科学であること自体を問題視する、と云うのはもちろんある。でも、個別のニセ科学が生ぜしめうる実害、と云うのはそれぞれで(そしてそれはそれぞれにしても、やっぱりおおむねニセ科学であることに端を発しているので、レイヤー違いとして分割できるものではないのだけど)。そのへん、ニセ科学の問題に継続してコミットしている論者は、たいていわりあい敏感だと思う。

単に保険適用外になるだけでは信者は減らない。一方ホメオパシーによる治療が規制されるわけでもないので、要するにホメオパシー信者の負担が増えるということでしょう。

ここでまぁ愚行権とかそう云う種類の議論がでてきて。なので毎度のように、社会のなかでどこまで愚行権が許容されうるか、と云う話にもなってくるわけで。たいていの場合は信者愚行権は基本的には認めるしかないよね、でもそれって例えばホメオパシーを喧伝しておいて、結果においては自己責任、みたいなスタンスをとる連中を許容することとは違うよね、てな感じになる。

それで、経済力の無い人はホメオパシーによる治療を断念せざるをえない状況になるかもしれないが、それで結果オーライと言えるのかどうか微妙じゃないですかね?また、多額の負担で生活苦になる世帯が出てくるかもしれない。

だから英国は効果のない代替医療への負担を継続すべき、と云う話にはいくらなんでもならないんじゃないのかなぁ。

ちなみにイギリスにおけるホメオパシーの運用と保険適用の現状、と云う部分についてはよくわかってなかったりしたんだけど、このへん今日付けでkumicitさんの英国保健省は、ホメオパシーを軽度の症状に限定していると云うエントリがあがっている。そちらで読み取れるかぎり、多額の負担で生活苦になる世帯が出てくるようなことはあんまりなさそう(適用対象からみるかぎり、引き合わないくらいに高額になっても意固地になってホメオパシーを使い続ける、みたいなひとはそれほどいなさそう)。

もちろん、保険は国民の金から出ているのだから、無駄な支出は減らせという意見が出てくるのは当然だけれど、それは擬似科学か否かという問題とは別問題のように思う。

いや、ニセ科学であるがゆえに無駄な支出であると判断される、と云う話なんですけどね。

それでもまぁその社会にすでに根づいている(適切な程度にしかあてにされていない)民間療法をいまさら急いで根絶しなきゃ、みたいな話にはならない場合もある、と云うことで、それを改めてわざわざこの国でいまからコストをかけて検証しよう、みたいなのは無駄だよね、と云うことなんですね。