Chromeplated Rat

街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

Dirty Old Town

河北新報仙台・壱弐参横丁、客足増 意欲的に催し、浸透と云う記事がYahoo! ニュースの東北版で配信されていた。

仙台には終戦まもなくの市場のあと、みたいなのがあちこちに残っていて。なんと云うか、戦争で焼けてしまったところは(ちょっと過剰なくらいに)綿密に計算して綺麗につくりなおしたんだけど、その街中にぼこぼこと網目に漏れたような感じで、焼け跡に自然発生的に生まれた街並みがいまでも残っている。この壱弐参横丁(いろはよこちょう、と読む)はそのなかでも往時の空気がいちばん残っている場所で、それはもともと闇市跡である、と云うこともあるのだろう。ぼくが学生の頃は中央市場、と呼ばれていた。

住所としては一番町二丁目、東を一番町通に、西を南光院丁通(なんて地名は仙台市民でもまず知らない)に挟まれた2本の横丁。両側に木造二階建てのバラックが並んでいて、雨風をしのげるように通路に屋根がはってある。まぁ見ていただくと感じはわかると思うので、仙台街並み写真さんの該当ページにリンクしてみる。こっちこっち。もう10年くらい前の写真で、店もだいぶ入れ替わっているけれど、横町としてのたたずまいはほとんど変わらない。

仙台の南側の街外れに住んでいるぼくとしては、このあたりはほぼ地元。週末に休みがあれば、まず1往復もしないと云うことはない。友人が店を出していることもあるし、ここでしか手に入らないもの、売ってないもの(かつ欲しくなるようなもの)も意外とある、と云うことでもある。
一番町は仙台の繁華街の代名詞みたいに使われるけれど、住所としては一丁目から四丁目まで、南から北へ並んでいる。それぞれよくある商店街ネームみたいなのがついていて、たぶん丁目で呼んで通じるのはぼくみたいな地域住民濃度の高い人間のあいだだけなんだろう、と思う。
全体を俯瞰すると、北半分のほうがあきらかに人通りでもにぎやかさでも上。東北(たぶん)最大の呑み屋街である国分町がリニアに走る四丁目、でかい百貨店とファッションビルが立ち並ぶ三丁目に較べると、二丁目より南ははっきりと地味で、寂れた印象さえ与えるかもしれない。

でも、二丁目から一丁目にかけての主役は、だれ恥じることのない(でも気取るところもない)老舗と、店主の個性とセンスが、つまりは顔が見えるような新しい店。相対的に家賃相場が安いことも関係しているんだろうけど、このあたりは地元びいきを抜きにしても、ぼくみたいな人間には華やいだ北半分よりよほどおもしろい。

壱弐参横丁に話を戻せば、ここにある100あまりの店は雑居の極みみたいなもので。創業明治元年の鰻屋からはじまって魚屋だの八百屋、懐かしい雰囲気の居酒屋にはさまってレストランもバーもカフェもセレクトショップも古着屋も輸入雑貨屋も、もうなんでもあり。最初からなんでもありだからどんな店が新しく開店しても浮いたりしない(て云うかはなっから互いに浮いてるので気にならない)。
で、こう云う場所からは、なにかが生まれてくる空気がある。いや、生まれてくるんじゃなくて、「生み出す」空気が。どこかよその土地からマニュアルといっしょに持ち込まれてきた物流じゃなくて、そこにいる人間が「生み出す」もの。

壱弐参横丁では2007年、再開発計画が持ち上がり、一時は店主たちの意欲も低下したが、市が計画を断念してからは組合が主体的に活性化に取り組んでいる。

先に書いたようななりたちなのでそもそも立ち並ぶ建物には耐震基準適合もなにもなくて、当然のごとく再開発の話もあったけど、地権が複雑で頓挫した、と云う経緯があるようで。再開発されなかったことを、変な話だけどぼくは心底ありがたく思う。イオンやユニクロの入った再開発ビルから、なにかが生まれるとは思えない(ちなみに、ここは砂地の上みたいな地盤らしくて、じつは地震があっても上滑りして相当な分のショックが吸収されてしまうらしい。ここで店を営んでいる友人も、おととしの夏の宮城内陸地震のときに棚のものひとつ落ちなかった、とか云っていた)。

組合のアドバイザーを務めるNPO法人「まちづくりcom」の佐賀武司代表理事(元東北工大教授)は「意味のある時間帯で通行量が増えている。壱弐参横丁は市民への浸透を深めているといえる」と分析する。

もちろんこれはベガルタ仙台とのコラボレーションを含め、積極的な集客施策の成果だ、と云う文脈ではあるけれど。

こちらとかこちらのエントリのコメント欄でたかぎFさんなんかと街の変貌について話していたりしたのだけれど、三丁目や四丁目にくらべて地域外の大資本による出店が相対的に少ないぶん(つまりは云ってしまえば郊外臭さ、田舎臭さが少ないぶん)、じっさいにはこのあたりのほうが空疎さがなくて楽しめる街並みだとぼくなんかは思うし、そう云うものが求められはじめているのだとすれば、仙台もまだ捨てたものじゃないのかもなぁ、みたいに感じたりもする。
てなわけでちょいとまたhietaroさんのまね。本文とあんまり関係ないけどね(好きだ、ってだけ)。