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街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

【仮説】実践・波動マーケティング入門

# わけのわからんタイトルになってしまった。

今週月曜のニセ科学フォーラム2009には行けなくて(遠いよ。でも大阪遊びに行きたい)、ここにちょっと常駐リンクを置いておいただけだったんだけど、参加された方々のレポートがいくつかあがっていて読んだりしている。
で、フォーラムにおける左巻教授の担当プログラム「教育の世界にはびこるニセ科学」について、hietaroさんのニセ科学フォーラム2009の話その2および黒影さんのニセ科学フォーラム2009に行ってきましたと云うエントリで少し詳しく触れられている。

左巻さんはここで船井幸雄氏のビジネス論に触れた、とのことで、黒影さんのエントリにはもとネタとおぼしき本の抜粋が掲載されている。左巻さんご本人はまだウェブなんかには公表されてないみたいなんだけど、その際に配布されたらしい資料からの要約が、hietaroさんのエントリにある。

 当日配られた左巻さんの資料の中で、船井幸雄による人の分類について紹介されていた。
 船井によると人は4種類に分けられるという。
 第一のタイプが「先覚者」。こちらから見ればこれは「何でも信じる人」「すぐダマされる人」になる。この人たちがまず飛びつき、そして周りに積極的に広める。全体の2%ほどであり男女比は2:8。
 第二のタイプは「素直な人」(20%)。「先覚者」の言うことに素直に耳を傾ける。
 第三のタイプは「普通の人」(70%)。
 第四のタイプが「抵抗者」(10%弱)。50歳以上が多く、職業的には学者、マスコミ人。船井は「抵抗者は無視」という。
 「先覚者」の3、4割が動き出すと「素直な人」の半分くらいが同調し、さらに「普通の人」が追随するという......。

読んで気付くひとも多いと思うけれど、これは古典的マーケティング理論のひとつであるところのイノベーター理論の構造を下敷きにしたものだ、とまず確実に云えると思う(イノベーター理論についてはミツエーリンクスのサイトにある棚橋弘季さんによる解説がわかりやすい)。人口比として提示されている割合は違うけれど、用語の翻案としては「先覚者」=イノベーター、「素直な人」=アーリー・アドプター、「普通の人」=アーリー・マジョリティ+レイト・マジョリティ、「抵抗者」=ラガード、と云うことになる。あくまで構造は、と云う話になるけれど、とりあえず50年近く前のエベレット・ロジャースの理論そのまんま(焼き直し、と云う言葉も使いたくない)で、その点ではなんの新味もない。逆に50年近くもマーケティングの古典的な基礎理論として用いられ続けているものなので、説得力と云う面ではじつに効果的な剽窃である、とは云える。世間であまりポピュラーではない概念にあたらしいラベルを貼り付けて商売にしているどこぞの「脳科学者」にも手口としては似ているかも。

イノベーター理論は特定の商品が普及していく過程についての理論で、だからある商品を売る=普及させるための方法を考える(マーケティングをおこなう)ために援用される。
商品は日々開発され、発売される。販売するためのマーケティング作業も商品ごとに繰り返されている。なので、イノベーター理論の適用範囲は一回性の事象ではない(個別の商品の普及プロセスにフォーカスすれば別だけど)。それぞれの消費者のセグメントも固定的なものではなくて、個々の消費者がどの層に属するのかは厳密には適用する商品ごとに違う。ここから、特定の商品の属性を分析してそれぞれのセグメントのプロファイルを抽出し、そこを足がかりとしてアプローチ先を決め、アプローチの方法を工夫していく、と云うマーケティングとしては基本的な手法につながってくる。なんとかしてイノベーターに食いつかせ、そこからアーリー・アドプターに普及していく流れをつくり、さらにマジョリティにまで販売を広げていく、と云う手順。
ここで出てくるのがジェフリー・ムーアによるキャズムと云う概念(ミツエーリンクス・マーケティング用語集「キャズム」)。これはアーリー・アドプターとマジョリティのあいだにある「溝」のこと。ここを超えないと商品は普及せず、ヒットしないまま終わることになる。

似ているは似ているとして、じゃあ違うところはどこだろう。

まず「先覚者」「素直な人」「普通の人」「抵抗者」と云う用語。ここにはもとネタの各用語に含まれていない価値評価が含ませてある。
イノベーターはべつにえらくはない。商品に飛びついても、その商品が普及しなければただのおっちょこちょいの新しもの好きで。でも「先覚者」となるとだいぶ意味合いが違う。そこには定められた、向かうべき、正しい方向にまっさきに向かう人間、と云うニュアンスが生じる。もとの理論ではヒットするかどうかわからない商品に食いつく存在として定義されているイノベーターと云う概念に、ここでは「すでに趨勢として確定されている方向にいちはやく向かうもの」と云う意味づけがなされているわけだ。
この「定められた方向」と云うのを示すのに、例えば「アセンション」のような概念が持ち出される。アセンションを「信じて」しまえば、そこに向かって正しい行動を取っている「先覚者」の云うことをきいて「素直な人」としてそのとおりにふるまうのが「正しい」と云うことになる。

じゃあ、その正しい「アセンション」を定めたのはだれか? たぶん、「筑波大学名誉教授の村上和雄さんがおっしゃる『サムシング・グレート』」とか、そのあたりなんでしょう。だったら、「先覚者」ってだれだろう。それは「船井さんがおっしゃるところの本物のかたがた」と云うことになるのではないでしょうか。
え? その「本物」のかたがたがおっしゃっていることをニセ科学だって云ってるひとたちがいるって? そのひとたちは「抵抗者」なんですよ。既得権益にしがみつくイルミナティの手先です。そんなひとたちの云うことは聞かないようにして、あなたは百匹目の猿として、新しい時代を導くきっかけになるんです!

でまぁとりあえずここからは(構造は酷似しているとは云え)一応船井氏の理論をイノベーター理論とは別のものと捉えたうえで、イノベーター理論のほうから船井氏の理論と戦略を読み解いてみる。こんな感じかな、みたいな話で、厳密な検討をおこなったわけではないので精度は知れてるけど、まぁ仮説。じっさいに話を聞いたわけではないので、左巻さんの理解とも違うかもしれない。

じっさいの人口比についてはわからないし(船井氏の根拠もわからないし)、個別のニセ科学的事象について相違もあるんだろうと思うのだけど、いわゆるビリーバーと云うのは「素直な人」=アーリー・アドプターにあたる。組織化されたものとしてはTOSSとか。
で、マーケティングのステップとして、このアーリー・アドプターへの普及を充分におこなう。アーリー・アドプターからアーリー・マジョリティへの影響力が強まり、なんとかしてキャズムを超えれば、商売としては非常に儲かる、と云う手順になる。

血液型性格診断を典型に、キャズムを超えてビッグ・ビジネスになっているものもあるわけで、船井氏の云うところの(そして商材として扱うところの)「本物」がこぞってキャズムを超えてくれればぼろもうけ、と云うシナリオはまぁ、わりあいと理解しやすい。
エコロジー」をキーワードに類似の手法を用いて個別のアイテムの販売に大成功した、ロハスマーケティングって云う先行事例もあるわけだしね。

逆に、ニセ科学を提唱するほうがけっこう集合しやすい、トンデモとトンデモは惹きあう、と云うしくみの根っこにも、こう云う側面はあるのかもしれないな、と思う。
商売としての肝は「信じさせるかどうか」にあるわけなので、ひとつを信じればほかのものも信じられる、と云うような構図をつくっておけばシナジーが期待できる。「波動」が信じられればEM菌もホメオパシーも七田式も信じられる(のでそこにお金を払う)、と云う体系さえつくってしまえば、そこそこのアイテム数がそろっているぶん全体としてはけっこう大きいビジネスになるはず。

ついでに云うと、アーリー・アドプター層に直接的な先行者利益を与えて積極的に影響力を行使するためのモティベーションを供給する、と云う手法も採用は可能。手法面ではこれはマルチ商法、と呼ばれるものになるわけだけど、ビジネスモデルとして捉えるとまた違うかも。

まぁこう云う構図がじっさいに意識されているのか、戦略的に適用されているのか、と云えばもちろん確証はないわけだけれども、逆に云うと本業を経営コンサルタントとしている人間がこのへんのことを考えていない、と云うのもありえない気もするわけで。
...なんてことを書いていても、結局のところぼくなんかにできるのは、キャズム超えを後押しする言説に対して、蟷螂の斧を承知で対抗言論をほそぼそと提出することぐらいなんだけどね。

 結局、たいていの「科学」にまつわる(特に「ニセ科学」の)問題は科学的に云々という話を持ち出すずっと前の段階で「おかしい」と判断することができる問題なのだ。それをしないで一足跳びに科学に答えを求めようとするからニセ科学に引っかかったりする。というか、それこそがニセ科学蔓延の原因だと思う。

hietaroさんがお書きのこの一節に、ぼくはつよく同意する。

もちろんそこを判断することが簡単だ、とは思わないし云わない。でも(語弊を承知で云うと)そう云う判断の仕方は自然科学者から教えてもらわなきゃいけないものではないだろう、みたいに考える。