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Chromeplated Rat

街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

悔しい

大学時代の何人かの友人、と云うのはもうなんと云うか、友人と云うよりはむしろ一緒に育ってきた兄弟のような存在になっていて。そりゃいろいろな奴がいるし、なのでほんものの兄弟と同様、必ずしも仲がいいとは限らなかったりもするんだけど、でもまぁ縁が切れることも想像できない、そんなような関係。

そのなかのひとりから、携帯に電話がかかってきた。何年ぶりになるんだろう。

たぶんはたちを過ぎた頃に、組んでいたバンドがあって。電話をかけてきたのは、そのバンドのキーボード。電話の内容は、ドラムを担当していた女の子が、昨年亡くなっていた、と云う話。

バンドのメンバーはおおむねぼくと同じくらいの年齢だったんだけど、彼女だけはぼくらよりはだいぶ年下で、そのころは高校生だった。ライブのひとつもしないような遊びのバンドではあったんだけど、それでもまぁ、音楽に関わった個人的な歴史のひとつではあって。まぁそれくらいの年齢の男女混成のバンドだからあれやこれや、あとから考えるとへんに甘ったるいような事柄もあったのだけど、まぁそんなような種類の話。

バンドが家族の似姿だとすれば、これはだからまぁ逆縁。驚いたけれども、でもそう云うこともあるのかな、みたいに感じたりもした。彼女がどんな人生を辿っていたのか、を、断片的にでもいくらか知っていたから。

バンドのメンバーでは、キーボードが最後に彼女と会った人間になる。それもまぁ聴くところによると、もう7年も8年も前の話。そのときの彼女の居場所も、どう判断してもけして彼女にとっていい場所、と云うか云ってしまえば世間的にはまともとはとうてい云えない状況ではあったのだけれど、でも知っているかぎりぼくたちと離れてからの彼女は、いちども(ちょっとだけでも)幸せと云える状況にいたことはなかった。

ぼくらのよく知っている、ぼくたちといっしょにいたころの彼女は、ひたすらテンションの高い、いつもハッピーで可愛らしい女の子だったのだけれど。でもいまになってみると、幼かったなりにそれはそれでも自然な姿だ、とはとても云えなかったようにも感じる。

幼なじみでもあったキーボードからすると、もはやいても立ってもいられなかったようで。ぼくとベース担当の男ふたりは、いやもおうもなく力づくで無理やり墓参に招集をかけられた。都合も予定もなにもあったもんじゃない。気持ちはまぁわかるのだけれど。

ひとまず土曜の朝から単車に火を入れて、4号線を北上していく。仙台に行く、と云う目的だけを考えるとまどろっこしい方法だけれど、それでもそれが(自分の身体で風にぶつかりながら向かっていく種類の交通手段が)いちばんふさわしいやり方に思えた。仙台についたら自宅に荷物を置いて、川内経由で48号線を通って葛岡霊園へ。葛岡駅前で待っているとスーツ姿のキーボードが降りてきて、すこし待っているとなんだかとりあえず黒づくめ、みたいな格好のベースが登場。

キーボードが墓前の花を買ってくる。ぼくはとりあえず水を汲んでくる。ベースが彼岸のひからびた花を片付けて、線香に火をつけて、順に墓に手を合わせる。ベースは彼一流の、いつもながらのかろやかな口調で、墓石に「おにいちゃんだよ」と語りかける。

悔しい。

だれもが、なにかを彼女のためにできた可能性があった。もちろんなにもできなかったかもしれないけれど、すくなくとも手を差し伸べる試みはできた。ぼく自身(彼女が完全に壊れてしまった、おそらくその最初の時期に)その機会を持っていた。ほんとうはなにかができたのか、それはわからないけれど、その機会はもう永遠に来ない。

どうしてこの愛らしい、素敵な女の子に、こんなことが起きるのか。どうして彼女が(おれたちのドラムが、おれたちの妹分が)こんな目にあって、こんな人生を送らなければいけないのか。たぶんありふれた、オールドスタイルの理不尽。

それでも、悔しい。

彼女の姉に会って、しばらくのあいだ話を聴いた。初対面のひとに。

たぶん原因はまずは彼女自身にあって、それから彼女をそう云う場所に追い込んだいろいろな要因もあって。それでも直近の決定的な原因は、日本のここいらが2年すこし前に見舞われた、顔のない真っ黒な理不尽。家族に起因するいろんな事柄もあったらしいけれど、それでも彼女をどうやっても解決できないような(比喩ではなく)致命的な混乱のなかに陥れたのは、たぶんそのときにここいら近辺が叩きこまれた状況そのもの。

だれを責めることもできない。悔しい。

彼女を救おうとすれば、この場所に集まっただれかひとりでも、人生のすべてを賭ける必要があっただろう。そして現に、そのやり方はだれも選ばなかった。そのことは赦されるのか。だれから、と云うことではなく、まずはそれぞれが自分自身に。

でも、自分自身はしかたないにしても、それ以外のだれかのことはまずはすべて赦すこと。きっとそれが大事なのだ、みたいにも感じた。悔しいけれど。

彼女が残したノートがあった、と云う話を彼女の姉から聴いた。そこには連絡をしてほしいひとのリストが記載されていて、そこにはキーボードやベースやぼくの名前が「バンドのメンバー」として記載されていたらしい。もう20年以上も前の、たぶん2年も続いていないバンド。その記憶は、彼女にとってどんなものだったのだろう。

ベースがぽつりと「おれたち、解散してないしな」と云った。そういえばそうだ。

ベースが彼女の姉に、墓前にスティックが刺さっていても撤去しないでおいてくれ、と頼んでいた。彼女の姉と別れてから、ぼくたちは男3人で楽器店にスティックを物色に行った。ベースが、チップの丸いスティックのほうがいいんじゃないか、と云った。リズムセクション同士、なにかしらわかっていることもあったのかもしれない。

たぶんほんとうにありふれた理不尽で、このあたりには何十万人もこう云った理不尽を抱えているひとたちが暮らしている。

どれだけ悔しくても、後悔は追いつかない。できるのは忘れないことと、代わりはできないにしろちゃんと胸を張って明日を迎えること、くらいのものなんだろうなぁ、みたいに思う。