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街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

「かっこいい」仕事

フィデル・カストロが同性愛者に対する迫害を認めた、とロイターがカストロ前議長、60年代の同性愛者迫害で「責任はわたしに」と云う記事で報じている(たぶんロイターの別記事カストロ前議長が闘病を語る、「死の淵からよみがえった」とおなじときのインタビューが元)。

ぼくの見方は公平ではない。そこは勘弁していただくとしても、フィデルは「英雄」としての人生を生きてきた人間だと思う。すべてのよい意味と、悪い意味において。

南米的マチズモの体現者、と云う彼のとったスタイルは、おそらくはキューバ革命の成功には必須のものだった、と思う。それが本来彼の資質が資質として持ち合わせていたものなのか、それともなそうとすることに対して必要なものだと判断してみずから演出したものなのか、はわからないけれど(たぶん、両方なんだろう、と思う。その程度には彼は怜悧だ。才能と努力)。ひとびとを動かして革命を成功させ、目の前の超大国と対立した状況のままで国を維持する、と云うことをみずからの目的とし、そしてその先頭に立ち続けるためには、フィデルと云う独裁者は「かっこよく」ある必要があったわけで。

50年の長きにわたって(つねに暗殺の危機にさらされながら)、それは成功したのだ、と思う。おそらくはそこに、必要なタイミングに必要な場所で、聴くものの心をつよくゆさぶるような、いっそ詩的とも云えることばを口にできる才能も、おおきく関わっている。政治家としての能力はともかくとして(そこをともかくとしちゃったらいけないのかもしれないけど)、いまもコマンダンテと呼ばれ、チャベスやモラレスと云った信奉者を持つ理由は、やっぱりその「かっこよさ」にあるのだろう。
そして、マチズモはゲイを拒絶し、迫害する。そう云う種類の美意識だ。

もちろん、フィデル自身にそう云う要素がなかったとは思わない。でも同時に、それはフィデルに、その体現者であることが求められてきたものでもあるんだろう、と思う。そして、そのことに無自覚のままみずからのふるまいを定めるには、フィデルはおそらく、少しリアリストすぎる。

 キューバでは1960年代、同性愛者が「反革命的」とみなされて強制労働キャンプに送られるなどし、1979年に同性愛が法的に認められるまで当局による差別が続いた。

 カストロ氏は、こうした政策が「ひどい不正だった」と発言。自身は同性愛者に対する偏見はないとしながらも、「責めを問われるとすれば、それはわたしだ」と責任を認めた。

 一方で、1962年10月に起きたキューバ危機など、「生死にかかわる問題が当時は山積していた」と、問題に対処できなかった理由を説明した。

ここに、もう英雄でなくてもいい立場になったフィデルのちょっとした本音を見ようとするのは、たぶんぼくのミーハーな贔屓目なんだろう、と云うのはわかっているつもりではある。もう先の長くない自分の人生を見越して、認めるべき失点は認める度量のある男として最期の最期までかっこつけよう、と云うだけの話にも見える。

行ったことがないので自分の目で見たわけではないのだけれど、キューバにはフィデル銅像はない。肖像画もほとんどないし、写真が飾られていることもまずない(このへんはつれあいに確認した。フィデルヨハネ・パウロ2世が握手している写真がポスターになっていて、それは見かけたりするそうだ)。存命中の人物をそのようなかたちで讃えることは、キューバでは法律で禁じられている。そしてフィデルは生き続けることで(チェのごとく早々に世を去り、神格化されるようなこともなく)その禁忌を禁忌のまま維持させてきた。

近い将来ほぼ間違いなく、フィデルに関してはその禁忌がなくなる。ラウル体制も、そう長い間は続かないだろう。
その時がきたとき、キューバはどっちに向かうんだろうな。

これはフィデルをうたった歌ではないけれど。