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Chromeplated Rat

街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

バンクーバーオリンピック フィギュアスケート女子フリー

よい試合だったと思う。痛々しさを感じさせるような凄絶なサバイバルゲームとなったトリノと較べて、よっぽど。

採点についての議論はいくつも出ているし、ぼくにも感じるところはある(今回はヨナ・キムよりも、ジョアニーの獲得した点数により強く)。でもまぁここは多分、そう云う競技なのだと割り切るしかないのだろう。採点競技に完全なフェアネスは、たぶんあり得ない。

言い訳するつもりはないけれどぼくなんかは完全な素人で、なのでまじめに見ているようでも、ある選手が演技のなかで示す美質を見逃していることなんてしょっちゅうある。で、あるとき突然それが見えて、その選手に対する評価がまるっきり変わったり。

去年、ジョアニーに対して起きたそんな個人的な現象(とか改めて云うほどのもんじゃないけど)が、今大会でラウラに対して発生した。こんなに端正で可憐な演技をする選手だったのね。おいらの節穴加減も伊達じゃないな。

ぼくは真央のジャンプが好きじゃない。跳ぶ前の姿勢も、跳んだあとの流れも。

フリーで2つ、SPをあわせると3つの3Aを彼女が入れてきたのは、限界に挑戦する心意気、なんかじゃなくて、それが彼女の闘う唯一の方法だったからだ。そしてその成功にはそれなりの感銘を受けるけれども、そのことが強い印象にむすびつく、と云うことはぼくに関してはない。

それよりも、このフリープログラムを滑りこなしたこと、そのこと自体の凄さにぼくは打たれる。この高みにのぼった浅田真央にして、はじめて表現できるもの。結局のところシーズンを通していちども充分な出来には届かなかったけれど、それを伝えることができたのは、すばらしいことだと思う。

つれあいに指摘されて気付いたのだけれど、ぼくたちはシーズンを通して見続けたために、ヨナ・キムの「普通」と云うものを誤解することになっていたのかもしれない。

いつもどおりのヨナ。いつもと同じで、あらためて強い印象を生むわけではない(大会のたびに完成度が上がり、全容があきらかになっていった今季の真央の演技と較べて)。でもぼくらは今期のフランス杯ではじめてその同じ演技を目にしたときには、度肝を抜かれたのではなかったか。

チャンプにふさわしい演技だった、と云うのはまちがいなく云えると思う。

安藤さんは安藤さんらしく、でもすこし破天荒さに欠けた演技だったと思う。あふれる意思の力、裡なる野獣を飼い馴らしきったような。それはスケーターとしての成長、とも云えるのだろうし(永遠に思春期に留まることができるものはいない)、だからそこに不満を感じるぼくの見方があきらかに歪んでいるのであって。

でも、ステップの途中には、彼女ならではの牙が何度か剥かれた瞬間があった、と思う。それで充分。

未来ちゃんはすばらしかったです。国も世界も背負わないがゆえの朗らかさと伸びやかさ、そして最大の魅力である要所要所のポジションの優美さが存分に発揮された演技。女子選手としての難しい時期に、例えば親友のジャンがあれだけ苦しんでいるのと対称的にまっすぐな成長と成熟を見せている姿は、ちょっと何年か前の真央の姿に重なったり。

そして、鈴木明子

云うべき言葉が見つからないし、思い浮かぶ言葉がどこまで客観的に意味のある言葉なのか自分でも判断できない。でもあなたは、あなたのスタイルにおける勝者です。

日本人シングル選手6人、全員入賞。その栄冠はすべて、あなたたち自身のものです。おめでとうございます。

# どうでもいいけど女子の試合を会場で応援する大輔とうつけと小塚くんの姿が、いかにも三馬鹿ギャング、って感じでけっこう素敵だったなぁ。