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Chromeplated Rat

街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

批判の切り口

よしなしごと

tonmanaanglerさん(なんかお呼びしづらいIDだな)の言霊とミカン(その3)と云うエントリを読んだ。

インテリ揃いのはてなーの皆々様方におかれましては、もっぱら「疑似科学」問題として捉えられておいでのようでありますが、それ以前に「道徳」としてどうよ?って俺なんかは思うわけであります。

目立たないかもしれないけど、そう云う角度からの批判も以前からあるんですけどね(ここでもしてるけど、今回はあらきけいすけさんの「水からの伝言」はいじめであると云うエントリにリンクしておく)。

と云うかきくちさんとかapjさんとかなんかは、そう云う切り口からの批判をすると「科学者は科学的方面からの批判だけをしろ」とか云われたりして来てるわけなんですけど。ニセ科学にまつわる問題はおっしゃるような部分も内包していて、どっちの側面からの目配りも大切、と云う点については、議論に一定期間コミットしている論者ならほとんど同意するんじゃないかな。
正直ぼくなんか、道徳教育として江本勝氏の言説を授業で取り上げたりしたら、取り囲んで「死ね」と云う言葉を浴びせかけたり、全身に「ばかやろう」って書いた紙を貼りつけたりするいじめがクラス内で流行るんじゃないか、みたいにも考えたりするのだけれどね。

あ、およびでない? こりゃまた失礼しました。