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街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

呪術と背景

kikulogのホメオパシーはインフルエンザに効きません(追記あり5/6)と云うエントリのコメント欄に、「フランスから」と云うハンドルネームの方がいらしていて、フランスにおけるホメオパシーの現状についてとても興味深いコメントをされている。(コメント番号240番より登場)。こっちこっちで書いたこととも、関連してくるように思う

フランスはハーネマンの創始したホメオパシーを最初に受け入れた国らしい(ほんとうかどうかわからない。上記のエントリのコメント251番でうさぎ林檎さんがお書きの内容はこれとは違う)。ハーネマンはフランスで没しているようだ。
「フランスから」さんによるとフランスではホメオパスになるのは医師に限られているらしく、また医師の教育課程にホメオパシーが組み込まれている、とのこと。医師の出すレメディ(どうやら薬局でふつうに販売されているものと医師の処方箋が必要なものとの両方があるもよう)には保険も利くらしい。

「フランスから」さんがお書きなのは、その社会の医療行為のなかでのホメオパシーと云うものの位置づけの違い。でまぁ、そう云うことはありうるんだろうなぁ、みたいに思う。たぶんこれは、医療に求められるものが人間の物理的な側面に対するアプローチにとどまるわけではないこと、自然科学に依拠した方法のみでは充分とは云えない場合があること、にかかわってくるのだろう。

患者の状態を理解したうえで、通常医療の資格を持った医師がレメディを処方する。これはおそらく、意味合いとしてはプラシーボを処方するのと同じなのだろう。NATROM先生がおっしゃっていたと思うけれど、その意味で通常医療に従事する医師も呪術的な手法を使う。それが適切であると判断されれば。その道筋から云えば、自然科学に準拠したうえでそこで充分に手当てできない、あるいはコストが引き合わない部分を呪術で埋めているわけで、なにも矛盾はない。

おそらくここで重要なのは、医師が患者の状態を把握したうえでその手法を採用していること、そしてそのことが患者に(インフォームド・コンセントとは別の理路で)伝わっていること。
そして、そこではそれなりの期間ホメオパシーを受容し消化してきたフランスの社会が、その歴史的経緯が、呪術を機能させる背景として存在する。satomiさんに示唆をいただいた、呪術を有効なものとするための文化・環境・呪術師(この場合は医師だけれど)との関係性が、ここではそろっている、と捉えることができる。
もちろん、これからもそうだとは限らないけれど。社会はうつろうものなので。

日本には、ホメオパシーを有効な呪術として用いるための状況がそろっていない。日本の社会のなかでは、施す側も受ける側も、そこに有効な呪術性を発動させることは難しい。必要とされる背景が欠如しているから。

医師がプラシーボを処方するのは、患者にうそをつくことなのだろうか。難しい話だけど、そうであるとも、そうではないとも云えると思う。客観的にはうそでも、医師と患者の関係性においてはそれはうそではない、と捉えることはできるだろう。これは視点の問題だと思う。
ひるがえってホメオパシーはどうか。 長野修氏がJBpressの記事で取り上げた日本ホメオパシー医学会なんかは、ひょっとするとフランスにおいて実現している(らしい)通常医療とホメオパシーの共存、みたいなものを目指しているのかもしれない。ただ、そのハードルはそうとう高いのではないか、そうとう筋が悪いのではないか、と思う。日本には現時点でホメオパシーを有効な呪術とするための条件はそろっていないし、それはそろえようと思えばそろえられる、みたいな安直なものではぜったいにない。歴史的な経緯からしてホメオパシーは現在の日本ではただのうそでしかないし、今後もおそらくホメオパシーを有効な呪術として用いることのできる社会状況は到来しない。
日本の医療環境を200年前のフランスの水準までいったん戻してそれから、と云うのならありうるのかもしれないけれど、それは勘弁してほしいなぁ。わが国のホメオパスのみなさん、ホメオパシーを支持してそれを喧伝しているみなさんは、「善意」にもとづいてそれを望んでいるのかもしれないけれど。

その意味で、例えば(長野修氏の紹介する)日本ホメオパシー医学会が採用しようとしているアプローチは、自分でも原理を理解していない呪術師が患者に呪術を施そうとするようなもの、だと思う。こう云うスタンスでのホメオパシーの探求は、呪術の研究ですらない。それは単に、みずからに呪術をかける行為にしかならない。
呪術師が自分の呪術の原理から目を背けてどうするよ。

前のエントリでも書いたけれど、現在の日本におけるホメオパシーニセ科学なのは、その呪術的源泉を自然科学的な原理に求めるからで。ただ、いずれにせよ呪術を有効に働かせるためには土壌が必要だし、それがないところでどこからか背景を調達しようとしてもそれは無理筋なのだ、と云う話なのかな、と考える。