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街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

「科学教」

世間

syokunin-2008さんの新興カルト宗教化した『ニセ科学批判』と云うエントリを読んだ。

この混乱がブッシュの二元論に近い『ニセ科学は悪』などと言う単純な道徳を振りかざす非科学的な『ニセ科学批判』のような新興カルト宗教が生まれる要因ともなっている。
このカルト集団は自分たちでは決して宗教であるとは思っておらず化学的であると信じているので、外からの一切の批判は受け付けない。
こと批判を一切受け付けないという『特徴』は正にカルトならではの特色であるが特にニセ科学批判には顕著に見受けられる。困った事です。

なんだか循環した記述なので意味をちゃんと取ることが難しいのだけれど(外からの一切の批判は受け付けないから新興カルト宗教なのか、新興カルト宗教だから外からの一切の批判は受け付けないのかわからない)、それはまぁ措くとして、まず批判を受け付ける、と云うのが誰に対するどんな批判に対してどのような行動を取ることを云うのか、を具体的に書いてほしい。
もし、勝手に集団に括って、特定の人間の行動を無制限に全体に敷衍するような言説をもって批判だと称するのなら、そんな粗雑なものは誰にも届かなくてあたりまえだと思うのだけれどどうか。

科学とは『間違い』を原動力として進歩していくもので、科学的間違いは単なる『間違い』にすぎず『悪』では有りません。

「間違った」科学とニセ科学を同一視する人間も、間違った科学を『悪』とする人間も、継続的にニセ科学に対する批判にコミットしている人間にはまずいません。違う、と云うのなら、具体的に誰か、と云うのをまず挙げてみせてほしい(と云ってみて、具体的に挙げてくれたケースはまだみたことがないのだけれどね)。

『間違い』が存在するから科学は進歩し続ける。
『間違い』がなくなっった時点で『科学は完成し』、科学の進歩も止まる。
そして全てのものが、そうで有る様に間違いを全て正した、『完成されたもの』に永遠の未来はなく、ゆっくりか劇的かの違いはあっても、どちらにしても唯衰退して滅び行くのみである。

最初のセンテンスには同感できなくもないのだけど、そこからあとの部分にお書きのことの意味がよくわからない。
ごくごくふつうに考えて、科学に限らず「ここまでは間違いなく完成しているけどここからはこれから(だけど間違っているわけではない)」と云う状態はいろんなことがらに存在すると思うのだけれど、どうかな。あと、「完成されたものは滅ぶ」と云う言い回しは(あえて云えば)詩的にはありうるけど、なにかの当否を論じるような文脈のなかに置かれるとほとんどなにも論じていないような意味合いしか持ち得ないんじゃないかと思う。

エントリのタイトルからすれば、このエントリはニセ科学批判にコミットするもの全体に向けた批判のようにどうしても見える。そう捉えた場合に、こう云うものが「ニセ科学批判批判」であるとするなら、それは受け入れる・受け入れない以前に、誰にも届かなくても仕方がないんじゃないかな。