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街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

フィギュアスケート全日本選手権2008

ひとシーズンのなかでおこなわれるフィギュアスケートの大会には、あたりまえだけどそれぞれに異なった意義があって。全日本選手権の位置づけは、ほかのどの大会とも違う。

全日本選手権

ふだん、勝負論と云う角度ではぼくはほとんどフィギュアスケートを見ないし、ここでも書かない。ひとりひとりの最高の演技が見たい、と云う以外のことはあまり考えない。
でも、全日本選手権だけはそうはいかない。全日本選手権はなによりも闘いの場であって、高い順位を獲得することがほかのどの大会よりも重要になる。それは、世界選手権への出場が賭けられている大会だから。

GPシリーズも重要な国際大会だけれど、その年の競技としてのフィギュアスケートのピークは歴然として世界選手権にあって。そして、全日本選手権はローカルの一大会にしか過ぎないけれど(だから例えばそこでの得点は成績としての意義は一段落ちるのだけれど)、そこでの結果には世界選手権への出場がかかる。選手としてのそのシーズンにおける栄誉を獲得するためには、GPシリーズよりも重要な大会だとも云える。
そして、全日本選手権で高い順位を獲得した選手は、その時点での日本のフィギュアスケートと云うものを背負うことになる。もちろんそれは「日の丸貼り付けて試合に赴くのだから勝ってくる責任がある」みたいな意味じゃなくて。

世界選手権に派遣された選手のその年の成績は、翌年の世界選手権の日本選手の出場枠の数を決め、ひいてはオリンピックの枠数を決めることになる。その年の世界選手権に派遣された選手は、自分の栄誉のほかに、自分を含めた誰かの栄誉の可能性を賭けて試合をすることになる(小塚くんの発言に現れているのはそう云うことだ)。だから全日本選手権は、日本のフィギュアスケートの近い将来を左右する選手を選ぶ大会、でもあったりするのだ。

それはそれとして、国際大会に出るには一歩足りない、それでもそれぞれ違った個性と魅力を持った選手の演技が見られるのも、全日本選手権ならではの素敵なところ。「これからの選手」の演技も見ることができるし(個人的にはチーム牛タンが羽生くんだけじゃなくて、ちゃんと女子もいるんだ、と認識できたのが収穫と云えば収穫。羽生くんのジェーニャ=ジョニー路線に連なる演技が放送されなかったのは残念だけど)。

男子シングル

残念ながらいろいろあってちゃんとみられたのはフリーだけ(小塚くんのSPは見た)。だから、織田のうつけの勝因となったらしいSPは見ていないのだけれど。

やっぱり全日本選手権となると、大輔の不在感が大きくのしかかる。そしてそのこととも関連してくるのは、男子の演技におけるクァッドの持つ意味の大きさ。
男子の演技のなかでも、もちろんクァッドはもっとも難しい要素で。でもそれだけじゃない。全体の表現のなかでも、クァッドはその流れのなかで求められる「力強さ」と「美しさ」が集約される、大きな結節点となる。

スケートのうまさから生じる優雅さが(かつての荒川静香同様に)すべての要素をブーストする小塚くんも、アリョーシャ=武史路線の「漢の滑り」を見せてくれる無良くんも、そのプログラムのなかで4回転を成功させることでどれほど印象を強めることができるだろう。大輔のいない全日本選手権での初優勝を果たした織田信成についても、クァッドをその柔らかい膝で着地することができたら、点数に見合うだけの圧倒的な説得力を演技に持たせることが可能になるんだろうに、とか思う。
まぁみなさん、世界選手権で見せてもらいましょう。

女子シングル

もう波乱。そのなかでも鈴木さんお見事。こんなに短期間で「本来の場所」をとりもどすなんて。

中野さん、ほんとうに残念。いや、今大会におけるジゼルは、今期見て来たなかでもけしていい出来だったとは云えないとは思うけれど。ただ、採点競技で仕方ないとは云え、どうしてこうも点数に結びつかないのか(いや、ディダクションダウングレードがとられているせいだ、と云うのはわかっているけれど、ほんとうにそれが公平なものなのか感情的に納得できない)。スケートを個人的なディサプリンとして捉えがちな彼女としては、この結果をどう消化するんだろうか。
四大陸選手権への派遣もない彼女の演技を、今期はもう見ることはできない(ユニバーシアードが放送されることはないだろうし)。残念です。

毎回毎回どうして安藤美姫には無用のトラブルとドラマがふりかかるのだろう。でもそのトラブルのおかげで、フリーの演技中に勝負師安藤の人喰い猫の表情がひさしぶりに見ることができたのが、複雑な気分。
演技そのものはけして出来がいい、とは云えなかったけれど、でもそれはまだこれから詰めることのできる部分がいくつもある、と云うことでもあって。安藤さんの今シーズンはまだ終わっていないので。

で、こちらのエントリで触れたような「勝つためのスケート」を見せてくれたのが村主さん、だった。そのぶれのない姿勢を賞賛するのには抵抗感はないし、それは競技者として正しい姿勢だ、と思うけれど。
でも、ひとりの素人の視聴者としては、訊ねてみたくなる。現役の選手としてだれよりも長い時間と、そこに注ぎ込まれたはずの思いは、こんな演技をするために費やされてきたのですか?

とまぁこれだけの混戦のなかでは、いつもどおりの真央はそれだけで圧倒的で。
ところで今シーズンの真央のフリーの衣装を見るとどうしてもこれを連想してしまうのはぼくだけですかそうですか。

追記: それにしても相変わらず塩っぺぇ実況だったなぁ。