Chromeplated Rat

街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

仔猫ちゃんはもちろん、ガイアに想いを馳せる

「ネタりか」のエコ活動に没頭する小沢健二の“真意”とは?(前編)(後編)を読んだ。で、去年福耳先生がお書きになったエントリふたつ、彼はポルポトになるのだろうか続小沢健二批判・自己目的化する批判?を思い出した。

ぼくは小沢健二よりちょっとだけ年上で、就職して東京に転居した年にフリッパーズ・ギターの「Camera Talk」が発売になった。福耳先生はファンでいらっしゃるようだけれど、ぼくなんかだと小沢健二の音楽なんかは当時における実感としてはもっと「環境」に近い。「LIFE」くらいまでは、彼の動向とか音楽とかは所属する文化圏とかそう云うのを問わず手近な場所にあって、意識しないままそれでも知っている、みたいな(いや、東京も広いし同世代でもそんなものまるで意識しないですむような文化圏もあったんだろうけど、そう云うあたりに所属している人間は、対話が成立するほど身近にはいなかった)。

あの頃の彼の切れ味を覚えているぼくらなんかからすると、上でリンクした記事や福耳先生のエントリなんかで見えてくる鈍感さと云うか、ある種の知的などたばた加減のようなものはなんだか違和感があるし、辛い(肝心の論文は読む機会がまだないのだけれど)。「Life」をリリースした頃の彼にももちろん深い悩みはあっただろうし、当時のその時点でもあの能天気な歌詞やメロディを通じてぼくたちはそれを感じ取ることができた。いま彼が向き合っているような角度からの、例えばエコロジーについての意識だって、当時から(いまとおなじかたちではなくても)あったに決まっている。でもそんな自分の姿も含めて彼は笑い飛ばしてみせたのだし、そう云うことを踏まえたうえで前を向き続けることが冴えたやり方だ、と云うのを軽やかに提示してみせたから、ぼくらにも彼に共鳴するものを感じることができたのではなかったか。

記事の中では路線転向なんて言葉を使っているけれど、そんなふうに感じるのは(当時としても)聞き取れていなかった、と云うことだと思う。(いまとおなじかたちではなくても)エコロジーの問題も、グローバライゼーションの問題もすべて踏まえたうえで、小沢は「おやすみなさい,仔猫ちゃん!」をうたったのに決まっているではないか。

 「それが、どんな生き方か、三時間とか、三日とか、三ヶ月とかで説明することはできません」と『うさぎ! 第六話』にあるように、「灰色との戦い方」を簡単に説明することは、困難なのかもしれない。しかし、ファンのひとりとしては、公共のメディアで具体的な話をしてくれることを願わずにはいられない。たとえそこが、彼にとっては「灰色」そのものの場所であっても。

記事はこんなふうに結ばれているけれど、いまの彼がいまの彼自身について誰にも分かるように説明できるのか、と云うと、難しいのではないか。むしろそれよりも、彼をいまの姿に追いやった(想像でしかないけれど、おそらくは)絶望の深さがどんなものであったのだろう、と云うことに、どうしても思いが向いてしまうのだった。