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Chromeplated Rat

街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

ウォレット・ロープ

近所・仙台

近所の雑貨屋で、財布にくっつけるウォレット・ロープを買い替えた。無染色の革ひもを四つ編みにした、まぁポピュラーなスタイル。

 これまで使っていたロープが、多分10年くらい。革の丸ひも一本で作られているもので、軽いのと大仰さがないのとで愛用していたのだけれど、正直もうちぎれそうになっていて本来の役割を果たせなくなりそうなので引退。ぼくたち単車乗りにとってウォレット・ロープはファッションアイテムではなくて、なによりも実用性が優先される「道具」なのだ。ライダースと同様。

近所の雑貨屋には同じナチュラルの革を使ったロープが2本あって、長さだけが違っていた。ここで長い方を選ぶのが多分ファッションで、でも(実用に支障のないことを確認したうえで)短い方を選ぶのが、まぁスタイルであり、カルチュア、と云うことになるんだと思う。
自分の属するカルチュアへの意識と、そこから発想した合理的な結論。

例えばもう若くはないので、チェーンは選べない。重いし騒がしいし、大仰だ。
ジュエリーとしての銀製のウォレット・チェーンを否定するわけではないけれど、それはもう本来の機能を外れてしまう。

ただ、真新しいナチュラルの皮革の風合いはちょいと気恥ずかしい。この種のものは何年か使い込んで、やっとしっくり来る種類のものなので仕方がないけれど。

意味合いにはもうひとつ、購入先が近所の雑貨屋で、その店を営んでいる若い夫婦(だと思う)が知人のクラフトマンから仕入れたものだ、と云う部分もある(ぼくは毎朝、つれあいがここで買ってプレゼントしてくれたファイアーキングのマグカップでコーヒーを飲んでから出勤している)。
カルチュア、地縁、そしてぬくもりを感じられる距離で行われるクラフト。それがぼくを、社会に、地べたに繋ぎ止める。

いや、この雑貨屋のフレンチ・ブルドッグにいつも遊んでもらっているので、その辺りどこかで恩返しをしておかなきゃ、と云うのもまぁあったんだけれど。これはこれで地域社会。