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街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

代替医療と誠実さ

どうにもしばらく前から医療と代替医療、と云うテーマが頭の中をぐるぐるしている。この部分についてはぼくなんかよりもよっぽど綿密な考察をされている方がいらっしゃるのに。ともあれ、gyorui_momoyaさん(とお呼びするのが適切なのか、プロフィールが公表されていないので分からないけれど)のいい加減誰か俺を止めろ(;´Д`)な?と云うエントリを読んだ。この方、鍼を中心に中医学(中国の東洋医学)を学ばれているらしい。

以前ぼくは、アロマテラピーに従事されている方のエントリを読んで、その誠実さにとても感じ入ったことがある。で、この方のエントリにも、同種の誠実さを強く感じた。

 俺も外部の学会に出る度にレポートを書いて来ました。ココで。誰も読んでないようだけど(;´Д`)それでも。そして、その度にヤバいものはヤバいと明言して来たつもりです。確かに俺は中医学ってのを今も研究しています。ですが、これに言及する時も「コレから書く内容は東の物です」と断って来ました。つまり、再現性を最大に求めている西洋医学と、エビデンスの質も内容も全く異なる分野であると断って来たつもりです。

 東のエビデンスは、正直言って曖昧です。

 東のそれは、「背景に山ほどの結果報告がある」という一面のみに依存していると言ってしまっても過言ではないくらいです。それは危うい。データとしての統一と裏付けが無い為に、再現性が弱いからです。それと、今も研究中という側面もある。生体の脳の活動を生きている状態で知る技術自体が最近になって開発されたばかりという現状があるので、仕方が無いとも言えます。

 悪く言えば「当たるも八卦」な面を強烈に持っている。ですが同時に、十分研究すべき余地があるし、なにより弁証に裏付けされた配穴の効果は高いのですよ、本当に。

この辺りの危うさはなにも東洋医学(この方は「東」と云う言い回しを使われる)のみではなくて、西洋科学でも駆逐されきった訳ではなくて。でも、医療は待ったなしなので、その状況でも必要な行為は行われなければならない。

 だから、一つの選択肢として、鍼灸が有っても良いし似非科学があってもいいと俺は思っています。何も、何でもかんでも否定して弾劾しようとかって思ってないです。俺は馬鹿ですが、そこまで極論を愛してません。

 ただ、何度も書きますけど「立場には責任がある」はず。
 だから、「鍼灸師」の立場で俺は決して「中医学最高」とか「似非科学滅びろ」とは言わないっていう事なんです。だからといって「マイナスイオンは万能薬」とも「人間は皮膚呼吸している」とも言いたくないです。それは別の話。


この方は、責任を負える立場を目指していらっしゃる。(主に歴史的経緯から)現時点では東洋医学が西洋医学と同水準の責任を負える位置にない、と云うことも理解されたうえで、なお。技術の進歩によってエビデンスを積み重ねることがいくらか容易になった以上、同じ責任を負える高みを目指すべきだ、と意識されている。

誠実な代替医療と、ニセ科学に留まる代替医療をわかつのは、この志の高さだ、と思う。