Chromeplated Rat

街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

謀略説だそうで

朴斎先生はたしか富山大学だと思ったけど、富山大学にもいろんな方がいらっしゃる。osakaecoさんのそれは謀略ですと云うエントリに言及します。

この方、小飼弾さんの書いた左巻教授の「水はなんにも知らないよ」トラックバックして、「科学者が『水からの伝言』に対して声を上げるのにより大きな(例えれば宗教のような)巨悪に立ち向かわないのには裏事情がある」と云うようなことを主張されている。

 それでここからは妄想なのですが、煙草がやりだまにあげられるのは、それが世の中にたいして影響をあたえないからだと思います。私の提案するステッカーが効を奏して、トヨタ自動車の売上が半分になったり、日本人の牛肉の消費量が半分になったりしたら、もう世の中えらいこっちゃです。株安がどうとか、日銀がどうとかなんて、誤差の範囲になるくらいの不景気がやってくるでしょう。

 多分、環境問題とか食糧問題に大きな影響をあたえそうな、一般的にいえば、社会の根幹をなすような問題の解決につながるような変化は社会全体の構造を変えてしまうでしょう。既得権益をもっている人々にとっては、それは大変こまったことです。

 擬似科学批判についても同様で、○王セッケンとか○○オン油脂とかの売上が半分になって、生協の100パーセント石鹸でできてるシャンプーがうれるようになったら大変です。「水からの伝言」なんて、うれなくなったって、困るのは「江本勝というのは所詮一個人」および、そのとりまきと大手ではない出版社の売上のごく一部です。

いちおうここからは妄想なのですがとは前置きしてあるけれど、ここに書かれていることを文字通り捉えれば、「自然科学者はもっと大きな権力と戦うべきなのに、それをしないのは『大人の事情』があるからだろう」と云う主張に読める。ご本人はネタのつもりかもしれないけど、ここで想定されている自然科学者たちからすると、これって普通に中傷じゃなかろうか。

その辺り、どう云うつもりなのか関心がある。関心ついでに、ここからはぼくも妄想です。

多分、この方はご自分がそう云う諸々の大人の事情の中で研究者生活を送っているのでしょう。で、自分がそうなのですべての学者がそうだ、と云うことにしないと多分困るんだと思います(あ、もちろん妄想です)。

どうやら、ミクロ経済学を研究していても、ニセ科学と宗教の区別が出来るようにはならないようです。え、そんなことはどこにも書いてないって? いやいや、この方がトラックバックして共感を示しているのは、「自然科学はニセ科学なんかよりも創価学会と戦うべきだ」と主張して曲げなかった弾さんが、そのスタンスを変えないまま書いた左巻教授の著書の書評ですから、多分同様の主張だと推測できます(えぇ、これも妄想です)。

この方のブログは以前から読んでいたんだけれど、kikulogをはじめとしてあちこちのブログにコピペ荒らしをしまくっている某氏となんだかとっても仲が良さそうである。きっとよく似たメンタリティをお持ちなのであろう。そう云えばどちらにも「弾さんの信奉者」って共通点があるし(あ、これも妄想ですからね)。

と云うか、この方は左巻教授や菊池教授や田崎教授なんかが実際にどんなことを主張しているのか多分把握せずにおちょくっているわけで。それでも「妄想」って書いておけば楽しい読み物になる、ってお考えのようだ。
ひょっとして以前稲葉先生が「社会科学者はトンデモに弱いんです」って書いてたのはこう云う意味だったんだろうか。違うと思うけど。

以上、「妄想にマジレスカコワルイ」でした(さすがに古いか)。