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街や音楽やその他のものについてのあれこれ。

善良さと、ちょうど半歩遅れの「確からしさ」 (「アキハバラ@DEEP」石田 衣良)

アキハバラ@DEEP

アキハバラ@DEEP

  • 作者: 石田 衣良
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2006/09
  • メディア: 文庫


ぼくはこの作家の割合と熱心な読者だ。
いちおう、新刊が出るとちゃんと追いかけている。文庫でだけれど。
この、文庫で、と云うのが問題なのかもしれない。
仕方ない。お小遣いには限りがあるのだ。

このひとの書くものは、微妙に古い気がする。
もちろんそれは、このひとが扱う題材がいつもとても新しいものだからだ。だから、自分が日常感じている皮膚感覚よりは少し古く感じる理屈なのだと思う。
その古さも、1年9ヶ月古いとか、2年3ヶ月古いとか云った類いの、本当に微妙な辺りだ。だからやっぱり、厳密にはとてもリアルタイムに近いんだと思う。

同時に、このひとの題材の扱い方には、なんというか上手な類型化を感じる。自分のカルチュアに近いところにある題材がテーマに据えられていると、どうしてもディテイルに「ちょい違うんだよなぁ」みたいな感覚を得る場合が多い。でもこれは、ある意味とても上手に呑み込みやすく料理している訳で。

変な云い方だけど、この2点が胆なんじゃないだろうか。この距離が、書くべきテーマを文体に淫させることなく、テーマに対して正確な記述を実現している気がする。

この小説に描かれるインターネットの世界は、例えばぼくが日々感じているような動きとは少し(そのディテイルにおいて)距離がある。ほんの少し、半歩ほど。
でも、背景に確固として存在するのは本来の(少なくともぼくの信じる)インターネットの精神だ。かつてとあるインターネットドラフトを読んだときに感銘を受けた「多様性の受容」。

多様性を守るために戦うこと。ぼくがぼくで、あなたがあなたであることを護るために戦うこと。このことが、昔のぼくが強く感動した「インターネットの精神」だ。
主人公たちは、ある意味まさにそのために戦う(もちろんインターネットの精神を全うするために、ではないけれど)。
結果的にいつも、池袋の本質を護るために戦っているマコトやタカシやサルと同じように。

主人公たちがいつも真摯で、ちょっと呆れるくらい善良なのもいつも通り。
あ、もちろん善良さと云うのは美徳です。だからこれは褒め言葉。